九州南方での水温前線北上に伴う海況変動と海水交換に関する研究

斉藤 勉

 九州南方の黒潮前線周辺域は,マアジの主産卵場である東シナ海から,仔稚魚が太平洋側沿岸域へ海流により輸送される際の通過点となる.本研究においては,その仔稚魚輸送という観点から,九州南方での水温・流速変動と海水交換に着目した.

 この海域において20日程度の周期で起こる現象として,鹿児島−名瀬間のフェリー航路周辺において20日程度の周期で水温前線が北上することが知られている.また,暖水舌の形成とその北東方向への移動,中之島の水位の周期的な変動,および大隅海峡における東向流の形成が報告されている.さらに,トカラ海峡西方において高気圧性渦あるいは低気圧性渦に伴う黒潮北縁部の蛇行が交互に発達することが報告されている.これらの現象は相互に関連して起こっていると考えられるが,これまでは,個々の現象についての主として表層に関する断片的な描像しか得られていなかった.

 そこで本研究では,九州南方での水温前線の北上に伴う水温・流速場の変動を,はじめて三次元的かつ時間発展的に記述することを試みた.フェリー航路周辺の82測点(15 km間隔で格子状に配置)において,海面から海底付近までのCTD/LADCP観測を2000〜2003年に計6回実施した.いずれの観測時にも20日程度の周期で水温前線の北上が起こっていた.水温・流速場の変動を時間発展的に追うために,それらの結果をフェリー航路上での水温前線の南北位置を指標として並べ替えた.並替えで得られた水温・流速場のデータセットは,これまでに得られている表層の断片的な描像と整合的であった.

 並べ替えられた水温・流速場のデータセットから,水温前線の北上に伴う水温・流速変動の実体は以下のとおりであることが分かった.黒潮北縁部の蛇行の峰が西から東に移動して,屋久島の西方に近づくのに伴い,水温前線は屋久島近くまで北上する.黒潮北縁部の蛇行の峰がさらに屋久島に近づくと,蛇行の峰の北側に高気圧性渦が発生し,暖水域が形成される.この高気圧性渦は薩摩半島南方の大陸棚斜面上で発達し,蛇行の峰から北西方向に伸びる暖水舌が形成される.この暖水舌(高気圧性渦)は300 m深に及ぶ構造をもち,高気圧性の黒潮前線渦と考えられる.この黒潮前線渦(暖水舌)が北東方向に移動するのに伴い,フェリー航路付近での水温前線は屋久島から佐多岬まで北上する.黒潮前線渦は最終的に薩摩半島近くまで達して消滅する.その間に,黒潮北縁部の蛇行の峰は屋久島の南まで移動する.また,この高気圧性渦に伴い,その西・南西側に低気圧性渦が,また大隅海峡に100 cm/sec以上の流速をもつ東向流が形成される.なお,上記の黒潮北縁部の蛇行の峰の西から東への移動に伴い,中之島の水位は前半上昇し後半下降する.このように,九州南方での水温前線の北上は,薩摩半島南方の大陸棚斜面上に形成された高気圧性の黒潮前線渦(暖水舌)が,北東方向に移動して消滅する過程の一側面であることが分かった.

 また,大隅海峡に100 cm/sec以上の流速をもつ東向流が形成されていたときのCTD/LADCP観測データを使用して九州南方の水塊分布を調べた結果,この東向流が東シナ海系水を九州南西方の沿岸域から太平洋沿岸域へ輸送していることが分かった.また,大隅海況に東向流が形成されているときに曳航式ADCPにより測定した九州南方の種子島・屋久島周辺の大陸棚上を通過する流量は,対馬暖流の流量と同程度であった.水温前線が屋久島から佐多岬まで北上する過程に見られた大隅海峡の東向流の強化が,当海域における20日程度の周期での流速変動の一部であるとすると,この流速変動に伴って,九州南西方の沿岸域から太平洋沿岸域への東シナ海系水の輸送が増加し,その強弱が,東シナ海を主産卵場とするマアジの仔稚魚の太平洋側への輸送量に影響を及ぼすことが考えられる.

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