ウェーブレット解析による海洋変動の変調に関する研究

瀬藤 聡

 ウェーブレット解析は,1982年に地質学の分野で開発された時間周波数解析の方法である.その後,数学者の手に渡って整備された後,理工学の分野で応用されるようになったが,海洋学の分野では比較的新しい.そこで,本研究ではこの手法の特徴を整理し,実際の海洋現象に適用した.その結果,以下に示す点が明らかになった.

 まず,時間周波数解析の方法としてのウェーブレット解析の特徴を調べた.ウェーブレット変換は時間的に局在する関数を用いているため,周波数強度を時間局所的に調べることができる.積分核の関数に含まれるパラメータの選び方に自由度があり,パラメータが連続的な連続ウェーブレット変換と,それが離散的な離散ウェーブレット変換に分類され,さらに離散ウェーブレット変換は直交関数系と非直交関数系に分類される.本研究では連続ウェーブレット変換と離散直交ウェーブレット変換で提案されている関数の特徴を調べた.次にいくつかの試験信号について連続ウェーブレット変換と離散直交ウェーブレット変換による結果を比較した.Meyerの直交関数を用いた離散ウェーブレット変換では離散化のために解像度に制限が生じ,周期や振幅の変化が細かくは表現されないことが再確認された.

 次に,離散ウェーブレット変換を南太平洋の週平均海面水温データに適用した.過去の研究から南極大陸の周辺海域には,経度で焼く180度の波長を持ち東向きに6〜8 cm/sの位相速度で伝播する,南極周極波と呼ばれる4〜5年周期の海面水温変動が存在することが知られている.本研究では可能な限り最近までのデータを用いてその再解析を行い,この変動の特徴が1992〜1994年に変化したことを見出した.その時,インド洋南部にあった大規模な正の海面水温偏差の伝播速度が東西で異なったために分離し,南極大陸の周囲をとりまく海面水温偏差の波動は二波から三波になった.また,南太平洋の中・高緯度域には,エルニーニョの発生と共に正の海面水温偏差が現れることが多いが,1993年のエルニーニョ時にはそれが明瞭には見られなかった.

 最後に,連続ウェーブレット変換を太平洋赤道海域の海面水温と海上東西風の月平均データに適用した.同海域では特にENSO(エルニーニョと南方振動:El Nino/Southern Oscillation)周期の変動と年周期の変動が大きく,それらが1980年頃を境に変化したことが報告されているが,振幅や周期の変化,すなわち変動の変調という立場から調べられたことはこれまでにない.ウェーブレット解析の結果,海面水温と東西風のENSO周期の変動は1970年代後半を境に変化していることが分かった.すなわち,ENSO周期を持つ変動の強い海域は共に経度で10〜20度ほど東に移り,変動の振幅が大きくなっていた.その典型的な周期は1970年代には約40ヶ月であるのに対し,1980年代には48〜52ヶ月と長期化していた.これらの時・空間変化は経験直交関数解析と特異値分解解析による,亜熱帯海域を含むより広い海域についての解析によっても確認された.また,東部太平洋の海面水温の年周期変動は,エルニーニョ時に小さく,ラニーニャ時に大きいことが知られているが,本研究で再解析した結果,この関係は1980年代以降は明瞭には成立していないことが分かった.特に1983年と1992年のエルニーニョ時には海面水温の年周期変動は大きく,1980年以前の関係とは異なっていることが示された.

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