遠距離海洋レーダによる黒潮上流域の流況変動に関する研究

渡慶次 亮子

 台湾北東の黒潮上流域は流速の変動が大きいことが知られており,陸棚域と外洋との海水交換の場所として,生物・化学的にも注目されている.さらに,黒潮上流域の流況変動の把握は,九州南方や四国沖などの下流域を含む広域の黒潮変動を予測する上でも重要である.近年,衛星海面高度計の利用によって,北太平洋を西進してきた中規模渦が黒潮の流況変動に影響を及ぼしていることが判明した.しかしながら,海面高度計のデータは広域で長期間の海面変動が記述できるものの,海上のジオイドの精度が不十分なために時間変動成分しか求まらないため,黒潮のような強い平均流を持つ流れそのものを記述するには問題がある.さらに,衛星直下の海面高度しか計測できないために時空間分解能が低く,黒潮擾乱のような速く動く現象を適切に捉えることはできない.一方,2001年より情報通信研究機構によって開発・運用されている遠距離海洋レーダは,送受信基地局が石垣島と与那国島に設置されており,200 km沖までの表面流速を計測することが可能である.海洋レーダによる観測は海域や期間は限られているものの,時空間分解能が非常に高く絶対流速場を得ることができるため,海面高度計と互いの利点を組み合わせることで,黒潮上流域の流況変動を包括的に記述できると期待される.ただし,観測特性の異なる両データを併用するためには,両者の比較が可能な共通した物理量で現象を記述する必要がある.

 そこで本研究では,まず,海洋レーダで計測する表面流速に含まれる地衡流成分と非地衡流成分の分離を試みた.海洋レーダで観測される表面流速成分から,衛星海面高度計の軌道に直交する方向の時間変動成分について,海面高度計で計測される地衡流速を参照して非地衡流成分を分離した.分離した海洋レーダの表面流速に含まれる非地衡流成分には,単純な時間平均では除去できない吹送流成分が含まれているので,風の変動と連動していて,風速と線型関係にある成分を吹送流成分として推定式を求めた.この吹送流成分の流速と流向は,黒潮域で,風速の1.2%で風向に対して時計回りに48°(外洋域では1.5%,38°)であり,過去の知見と矛盾しない結果となった.しかしながら,上記の方法で吹送流成分を除いても海洋レーダの表面流速にはまだ非地衡流成分が存在しており,その成分の特性は空間スケールが大きく,時間スケールは1日以上3日未満であることが判明した.この海域の慣性振動が28時間であることを考えると,この残差の非地衡流成分は慣性振動であると考えられる.以上の結果より,海洋レーダの観測値から,吹送流成分の推定式に従って吹送流成分を除去し,かつ3日平均を施すことで慣性振動などを除去して地衡流速を抽出した.そのときの誤差は17 cm/s 程度であった.海洋レーダの表面流速や海面高度計の地衡流速の観測精度を考慮すると,得られた海洋レーダの地衡流速は良い精度で求められていると考えられる.

 次に,上述のように求めた海洋レーダによる地衡流速場の時系列を用いて,黒潮上流域における黒潮変動(流速と流軸位置の変動)を記述した.123.3°Eの経度線沿いの最強流速位置を黒潮の流軸位置とし,その流速を黒潮流速とみなした.まず黒潮流速および黒潮流軸位置の時系列を調べたところ,数日スケールの短周期変動のほかに,数ヵ月スケールの中周期変動や季節変動などの長周期変動が混在していることがわかった.そこで,それぞれの時系列を9日以下の短周期,240日以上の長周期と,その中間となる中周期変動に分離した.長周期では季節変動が顕著で,特に夏季に黒潮が強化され南下する傾向が見られ,過去の知見と一致していた.中周期では,この黒潮流軸と流速の変動の同期はより顕著であった.さらに,より広域の海面高度計データと比較したところ,海洋レーダで観測した黒潮の流速変動は,観測域南方の中規模渦の接近と同期していた.上流域の黒潮変動は,海洋レーダ観測領域の南方で高(低)気圧性渦が接近することによって,黒潮のやや下流域が南(北)に蛇行し,かつその渦が合体することによって黒潮の流速が局所的に増加(減少)し,これらが下流に移流することで生じていることが示唆された.

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