北太平洋西部の冬季における混合層の熱アノマリーバランス
 −統計インバースモデルの構築−

近藤 剛

 気候変動の重要な要素として海面表層水温(SST)の気候値からの偏差であるアノマリーが注目されて以来,この30年間大気海洋のカップリングシステムにおける海面表層の熱収支,海洋の大気フォーシング,フィードバックや様々なスケールの相互作用など,SSTアノマリーの発展に関して観測データや大循環数値モデルを用いて多くの研究が行われてきた.しかし実際に必要とされているSSTの発生やふるまいを予測するには未だに十分な結果が得られていない.その原因として熱アノマリーに関する大循環モデルが未発展なことや,モデルと観測の間で関連する物理項を対比した研究例が少ないことがあげられる.後者に対する一つの方法としてSSTの観測データをもとに熱アノマリーバランスをインバースすることが考えられる.Ostrovskii and Piterbarg(1985)やHerterich and Hasselmann(1987)は,北太平洋における5°×5°に区分された月平均SSTの場から熱アノマリー移流を推定し,北太平洋東部ではそれが船舶のドリフトから推測される表層流速場の構造と総体的に一致していることを示したが,北太平洋西部では,時空間的な平均操作によって黒潮や黒潮続流域の温度構造が必要以上に平滑化されたためだと考えられる.

 本研究の目的は,混合層の熱アノマリー輸送に対するインバージョンを新たに試みることである.このために最初に熱アノマリーバランスを表わす熱アノマリー保存式をもとに,統計パラメーターモデルを構築する.このモデルでは,大気のフォーシングを既往の研究のように白色ノイズとしてではなく,時間的相関があるものとして取り扱う.観測されたSSTのアノマリーをこの統計パラメーターモデルにフィットさせることで,移流速度,拡散係数,フィードバック係数,大気のフォーシング係数等を推定できる統計インバースモデルを構築する.この方法をロスビー長波の伝播や表層流によって励起されると考えられているSSTの西向きのドリフトがある北太平洋西部亜熱帯循環の領域に適用した.データは気象庁作成,海洋データセンター編纂の10日平均1°×1°のSSTデータをもとに,1965年から1990年までの26年間についてSSTアノマリーを作成し1°×2°に平滑化したものを使用した.ただし,季節水温躍層が十分に深い冬季に限り解析した.インバージョンの結果,熱アノマリーバランスの方程式に対し現実的な一貫性のある物理パラメーターが推定された.亜熱帯循環内部ではSSTアノマリーの西方伝播は,0.05〜0.15 m/sec,拡散係数は3〜5 103 m2/sec,SSTアノマリーの緩和時間はおおよそ1〜5ヶ月となった.

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