日本海における人工衛星データに基づく海面水温のWavelet解析

山之口 勤

 近年,新しい調和解析の手段として,Wavelet解析という手法が用いられてきている.この手法は,場の構造を解像度を変えて調べ,場の構造を分離しその可視化を行ったり,ある変動スケールの局所的卓越度を調べることが可能なものであり,乱流解析などに用いられつつある.本研究では,このWavelet解析を,日本海の海面水温(SST)構造に適用し,SST構造の可視化及びスペクトル解析を行った.また,Fourier解析によるスペクトル解析との比較によりその妥当性の評価を行った.

 日本海は,これまで多くの研究から非常に複雑で,かつ特徴的なSST構造をもつことが知られている.本研究では,広範囲にわたって同時性の高い均質なデータを提供できる人工衛星データを用いて解析を行った.このデータは米国海洋大気庁(NOAA)によって運行されているNOAA-10号衛星による1993年秋季−1994年春季のSSTデータであり,水産庁中央水産研究所のTeraScanシステム(Sea Space社製)によって受信,処理されたものである.データの空間分解能は焼く1.1 km,観測範囲は約1100 km×1100 kmであり,観測領域はほぼ日本海全域を覆っている.NOAA衛星による海面水温の推定には,MCSST法が用いられている.これは,衛星に搭載された5つの観測センサーの,各々から求められる輝度温度を利用して真の海面水温を推定するものである.これによって得られる海面水温の誤差は,残差の標準偏差で0.5℃程度となっている(Sakaida and Kawamura, 1992).

 Wavelet解析には,連続Wavelet変換と,離散Wavelet変換の2種類があり,前者は積分変換,後者は関数展開に基づくものである.このうち連続Wavelet変換はデータと変換後の写像に1対1の対応がなく,物理的解釈が難しいことから本研究では離散Wavelet変換を用いた.Wavelet変換では,関数展開する基底関数が局所的であることから,データ中のある領域におけるある波数成分の卓越の度合いを調べることが可能である.ただし,位置の分解能と波数の分解能を同時に良くすることは,それらがお互いに共役な変数であることから不確定性原理により不可能であり,Wevelet係数が表現できる分解能は2のべき乗毎の波長帯に限られている.

 また,Wavelet変換で波数の解像度毎につくられる係数(Wavelet係数)からWavelet逆変換により元のデータを再構成することが可能である.この際,使用するWavelet係数をある波長以下に制限することが可能であり,この制限により,解像度別にデータを可視化する方法を多重解像度解析(MultiResolution Analysis : MRA)という.また,このMRAデータと元のデータとの差をとることにより,ある波数よりも大きい成分のみを抽出できる.こうして作られた画像を差分画像と呼ぶ.

 MRAの結果から,ある位置におけるある波長帯の卓越の度合いを見積もることが可能となった.また,Wavelet係数を用いて見積もったスペクトルは定量的にFourierスペクトルと一致した.しかし,波長帯の幅は2のべき乗毎と低分解能である.またMRAの結果を評価するため,元の画像と,差分画像についてそれぞれFourierスペクトルを見積もったところ,差分画像を構成している波長帯では,両者のスペクトルが非常によく一致した.また,視覚的にも,元のデータの中で容易に識別できる渦構造はもとより,肉眼では判別が難しい部分についても,様々な構造を抽出できたことから,多重解像度解析を応用した差分画像による現象の可視化は,複雑かつ特徴的な構造を持つ日本海のSST場の解析に非常に有効な手段といえる.

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