人工衛星搭載の海面高度計による海洋の流れの計測
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図1.人工衛星TOPEX/POSEIDON(太線)とERS-1/2(細線)の軌道.
TOPEX/POSEIDONは10日ごと,ERS-1/2は35日ごとに
このパターンを繰り返す.
海面高度を測定し,その傾きを求めると海面での流れを推定することができる.
1992年9月に衛星TOPEX/POSEIDON(TOPEX:
Topography Experiment)による海面高度観測が始まって以来,海面高度計データを利用した海洋循環とその変動に関する研究は飛躍的に発展した.図1は衛星の軌道である.今や,衛星海面高度計なしには全球的な海洋循環の観測は考えられないという時代になりつつある.
ただし,人工衛星で測定した海面高度には,力学的な海面高度のほかに,地球の重力異常を反映したジオイド面(海面や地表面近くの等重力ポテンシャル面で,海が静止している時の海面に一致している)の凹凸が含まれている.したがって,海洋の動きを調べるためには,衛星で測定した海面高度がジオイド面からどれだけずれているかを求め,その傾きから海面での絶対流速などを求めることになる.しかし実際には,力学的な海面高度の時・空間的な変動の振幅が全球で±1 m程度であるのに対して(ただし潮汐を除く),ジオイド面の凹凸は±数十メートルにも及んでおり,力学的な海面高度の変化よりもはるかに大きい.したがって,海面での流速を求めるためには,大きく空間変化しているジオイド面に関する極めて正確な(誤差が±10
cm程度以下の)情報が必要である.しかし,残念ながら現在の最も優れたジオイド・モデルでも精度が不十分であり,海面での絶対流速などを求めるためには使えない.つまり,衛星海面高度計データと現在のジオイド・モデルの組合せでは,限られた場合を除いて,今のところ海面での流速そのものを求めることはできない.ただし,ジオイドはこの測定の時間スケールではほとんど変化しないので,流速の時間変動成分についてはかなり正確に(つまり,衛星海面高度計の測定精度で)求めることができる.
図2.人工衛星海面高度計の測定原理
衛星海面高度計による海面高度の測定原理はつぎのように単純である.
人工衛星に搭載されたマイクロ波レーダー高度計が,人工衛星から直下の海面までの距離d を測定する.一方,人工衛星の軌道高度h を,衛星追跡システムと軌道計算モデルによって正確に求める.この二つのデータを組み合わせることによって,衛星直下の,軌道沿いの海面高度S(地球の準拠回転楕円体を基準とした海の高さ)の時間的な連続記録を得る.
S = h - d
測定された海面高度S は,ジオイドN と力学的な海面高度ζおよび測定誤差εの和として表わされる.すなわち,
S = N + ζ + ε
このような観測を一定期間繰り返し行うと,観測値φを,その測定期間全体の平均値と,それからの偏差φ'(アノマリーまたは時間変動成分)に分けることができる;φ=+φ'.したがって,
= N + +
S ' = ζ' + ε'
つまり,観測値Sあるいはその平均値から,力学的な海面高度の絶対場ζあるいは平均場を求めようとすると,ジオイドN の正確な知識が必要であるが,力学的な海面高度の時間的な変化ζ'のみを求めるのであれば,ジオイドの知識は不要であり,その値は,海面高度計の時間変動成分の測定精度ε'と同じ精度で求まることが分かる.
図3.漂流ブイの軌跡.黒点は各軌道の出発点を示す.
漂流ブイから絶対的な流速を推測する.次にデータとしては,国際共同研究WOCE(World Ocean Circulation Experiment)とTOGA(Tropical Ocean and Global Atmosphere)のSVP(Surface
Velocity Program)によって得られたものを用いた.海面下15
mを中心として抵抗体が取り付けられた漂流ブイの軌跡を人工衛星で追跡している.上記の解析期間中に対象海域を漂流していたブイのすべての軌跡を図3に示す.
図4.海面高度計データと漂流ブイ・データを組み合わせて,0.25°×0.25°の
ボックスでの平均流速を求める方法を示す概念図.
まず、海面高度の平均値からの偏差(アノマリー)を求め,緯度0.25°×経度0.25°の各ボックスにおける海面での地衡流速のアノマリー・ベクトル
V ’= (u’, v’) を,次式で求める.
u’= - g/f ζy’
v’= g/f ζx’
ただし,g
は重力加速度,f はコリオリ係数,ζx’は海面力学高度アノマリーの東西微分,ζy’は南北微分である.
次に、漂流ブイの軌跡を,6時間毎の位置に内挿したものから,緯度0.25°×経度0.25°の各ボックスにおける,漂流ブイ通過時の海面流速ベクトルV を求める(図4).
アノマリー・ベクトルV’(x; t)から,漂流ブイが通過したボックスでは,次式により流速の時間平均ベクトル(x)が得られる.
Vd (x; t) = (x) + V’(x; t)
図5.1993年から1999年の間の平均海面流速(x)の分布.
影は平均値が推定できない場所を示す.
図5は、上記の方法で得られた黒潮域と黒潮続流域における,1993〜1999年の7年間の平均流速分布である.
黒潮の平均の流路(幅100 km 程度)が鮮明に推定されている.
図6.1993年5月9日の海面流速のアノマリーV’(x;
t)の分布.
図6は衛星海面高度計から得られた1993年5月9日のアノマリーベクトル場である.
図7.1993年5月9日の海面流速Vg
(x; t)の分布.
図5と図6を足し合わせることで,この日の絶対的な流速場を推定することができる.
このような海面流速場のスナップショットが,TOPEX/POSEIDONデータの場合には,10日おきに得られるので,黒潮や黒潮続流が時間的にどのように変化しているかをつぶさに観察することができる.