研究内容

宇宙線の加速・輸送

宇宙空間や地上で観測される高エネルギー荷電粒子は宇宙線と呼ばれます。宇宙線の重要な特徴のひとつはその広いエネルギー分布で、観測される宇宙線のエネルギー範囲は 10 桁を優に超えています。さらに、エネルギー分布の形状がべき型と呼ばれるものになることも重要な特徴とされています。宇宙線がどのような物理過程を経てこのような特徴を示すのかはまだ明らかになっていません。本研究室では、宇宙の複雑な電磁場構造による宇宙線の生成や輸送について、理論、モデリング、計算機シミュレーションを用いた研究を行っています。


宇宙線の加速・輸送における太陽圏の構造の役割

太陽圏は宇宙線の加速・輸送理論の検証に適した実験室といえます。太陽圏の外縁には、太陽風が超音速から亜音速に遷移する太陽圏終端衝撃波が形成されており、ここで宇宙線異常成分と呼ばれる特定のエネルギー帯(10^7-8 eV)の宇宙線が生成されていると考えられています。しかし、ボイジャー探査機が終端衝撃波を通過した際、期待されたような宇宙線の加速は認められませんでした。宇宙線異常成分の加速機構はいまも謎のままです。我々は、数値シミュレーションによって終端衝撃波を高精度に再現し、その詳細な構造と粒子加速の関係の解明に取り組んでいます。


太陽圏はまた、圏外からやってくる宇宙線の侵入を妨げるバリアの役割も担っています。太陽圏外には、エネルギーの極めて高い宇宙線が充満していますが、複雑な太陽圏の磁場構造と太陽風による対流効果で、外部からの宇宙線の多くは圏内深くまで侵入することはできません。この効果は宇宙線の太陽モジュレーションとして知られています。地球(近傍)で観測される高エネルギー宇宙線の情報はモジュレーションの影響を受けているので、その影響を取り除かないと正確な宇宙線の情報が得られないことになりますが、それは非常に困難です。太陽モジュレーションの研究は、Parkerの輸送モデルを基にした理論研究が長年行われていますが、我々はグローバル磁気流体シミュレーションとテスト粒子シミュレーションを組み合わせた新たなアプローチでこの問題の解明に取り組んでいます。(左)シミュレーションで再現した終端衝撃波近傍でのイオンのエネルギー分布、(右)太陽圏に侵入する宇宙線のテスト粒子シミュレーション

大振幅MHD波動による荷電粒子の加速・輸送

宇宙線の加速は、宇宙プラズマ中に存在する磁気流体波動あるいは磁場揺らぎによる散乱を介して起こります。従来の散乱理論は、波動の振幅が小さく波動間の位相がランダムであるという仮定のもとで主に整備されてきました。宇宙で実際に観測されるのはしばしば大振幅でコヒーレントな波動であり、我々はそうした波動の性質・特徴を陽に考慮して荷電粒子の加速・輸送過程を議論しています。


大振幅かつコヒーレントな波動による荷電粒子の拡散過程はブラウン運動に代表される古典拡散とは大きく異なります。例えば、下図のように伝搬する大振幅の磁場(ソリトン)がある場合、荷電粒子は互いに近づくソリトンで何度も反射されています。磁場にこのような局所構造がある場合、荷電粒子の振る舞いが質的に変化し加速効率が上昇します。我々は、非古典的な荷電粒子の加速・輸送過程を、理論・モデリング・数値シミュレーションにより研究しています。

大振幅の磁場ソリトンで加速される荷電粒子の軌道のシミュレーション結果